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ロッテ福浦・2000本安打達成記念!幕張の安打製造機の歴史を振り返る

 

 

ロッテ福浦和也、2000本安打達成!

 

 

 千葉ロッテマリーンズ福浦和也選手が、プロ入り通算2000本安打を達成しました!!!

 

 

 


祝・2000本安打!福浦選手の記念すべき1日にカメラが密着【広報カメラ】

 

 

2000本安打達成は、今年5月にソフトバンク・内川選手が達成して以来、福浦選手で52人目となります。

 

 

福浦選手の歴史を振り返る(四半世紀のプロ生活)

 

 

福浦選手は1993年にドラフト7位指名されてから、今年でプロ25年目を迎えています。

 

 

四半世紀もの間、ロッテ一筋で活躍されている福浦選手ですから、当然いろいろなことがあったかと思います。

 

 

福浦選手がプロ生活で経験してきたことを、振り返って見ましょう。

 

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プロ入り1年目~3年目(下積み時代)

 

 

福浦選手は、プロ入り当初は投手でした。

 

 

 

しかし、故障に悩まされて、投手らしい活躍はまったくできなかったようです。

 

 

1年目の夏、2軍打撃コーチの山本功児氏から、同期入団だった小野晋吾投手と打撃を見せるように言われ、打撃練習で福浦選手は快音を連発。

 

 

それがきっかけで野手に転向することになったそうです。

 

 

プロ2年目にはファームでイースタン月間MVPを獲得するなど、76試合に出場してジュニアオールスターにも出場。

 

 

徐々に実力をつけていきましたが、3年目を終えるまでは1軍出場はありませんでした。

 

 

 

プロ4年目~6年目(レギュラー争い&18連敗)

 

 

プロ4年目の1997年、7月に1軍初出場を果たし、後半戦は一塁手のレギュラーに定着。

 


千葉ロッテマリーンズ 福浦和也デビュー戦初ヒット

 

 

 

 

67試合で打率.289、6本塁打、23点の成績を残しました。

 

 

 

プロ5年目の1998年に、背番号を70からに変更。

 

 

レギュラーとして129試合に出場し、打率.284、3本塁打、57点の成績で、初めて規定打席に到達します。

 

 

そしてこの年は、ロッテがプロ野球記録の18連敗を喫したシーズンでもあります。

 

 

今でも、この出来事は福浦選手の記憶に強く残っていることでしょうね・・・。

 

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翌年の1999年は、ボーリックの加入や初芝の活躍により出場機会が半減。

 

安打数も前年の132から71に減ります。

 

 

それでも、打率は.277をマークしていました。

 

 

 

プロ7年目~11年目(首位打者獲得。パリーグを代表する選手に)

 

 

プロ7年目の2000年、この年は外野での出場が58試合と、一塁だけでなく外野での出場も増えました。

 

 

初めてオールスターに出場するなど、打率.296をマーク。3割目前としました。

 

 

続く2001年に、初めてのタイトルを獲得します。

 

 

打率.346で、当時日本ハムの小笠原選手との争いを制して首位打者を獲得。

 

 

本塁打も初の二桁本塁打となる18本塁打をマークしました。

 

 

この年、オフの契約更改で1億円プレーヤーとなります。

 

 

2002年にも打率3割を達成。

 

 

2003年にはキャリアハイの成績を残します。

 

 

初めて全試合(140試合)に出場し、172安打で打率.303、21本塁打、76打点を記録しました。

 

また、二塁打50本はリーグ最多でした。これは当時、歴代でも2位の記録でした。

 

 

一塁主として初めてのゴールデングラブ賞を獲得します。

 

 

2004年には、4年連続の打率3割を達成(打率.314)。

 

 

また、この年の両リーグ最多の42二塁打を放ち、史上初の3年連続40二塁打を記録しました。

 

 

また、8月に通算1000本安打を、ダイエーホークス杉内俊哉投手から放っています。

 

 

 

 

プロ12年目~15年目(初の日本一、そして不調・・・)

 

2005年、初めての栄光を手にします。

 

 

故障に悩みつつも、終盤は復調して5年連続の打率3割を達成。

 

 

リーグ最多の9犠飛を記録するなど、勝負どころではきっちり仕事をしてきました。

 

 

チームはシーズン2位からプレーオフを勝ち抜き、31年ぶりにリーグ優勝

 

 

 

阪神との日本シリーズでも満塁本塁打を放つなど、日本一に貢献しました。

 


【阪神】2005年日本シリーズ第3戦 千葉ロッテ 福浦満塁ホームラン

 

 

2006年は骨折で1ヶ月離脱するも、初の月間MVPを獲得するなど6年連続の打率3割(.314)を記録。

 

 

2007年は、右わき腹をいためた影響から、プロ入り後最低の成績となってしまいます。

 

 

打率は.258で7年連続の3割はならず。規定打席にも1打席足らずということになりました。

 

 

それでも、ゴールデングラブ賞を獲得。オフにはFA宣言について取りざたされましたが、結局FAは宣言せず残留しました。

 

 

2008年は、再び故障で苦しみ、代打出場が増えます。

 

 

打率.252で安打数78と、シーズン100安打は8年連続でストップとなりました。

 

 

16年目~20年目(復活、2度目の日本一)

 

2009年は低調だった前年から復調します。

 

 

シーズン終盤に3番に定着し、2年ぶりに100安打を突破。3年ぶりに規定打率に到達しました。

 

 

5月には通算1500安打を達成。8月には1500試合出場を果たしました。

 

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 2010年、この年は長打力を発揮します。

 

 

 9月に7年ぶりに4番に座るなど、後半戦は好調をキープ。

 

 

規定未到達ながら、打率.295、本塁打13をマークして、通算100号ホームランも達成しました。 

 

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 チームは3位からクライマックスシリーズ日本シリーズと勝ち上がり、史上最高の下克上とも評されました。

 

 

2011年以降は、代打での出場が増えてきます。 

 

 2011年は、これまでで自己最少となる80安打にとどまります。

 

 

 2012年はさらに少ない45安打にとどまりましたが、代打での打率は.424を記録するなど、勝負強さを見せました。

 

 

 2013年、現監督の井口選手の一塁コンバートや、シーズン途中のブラゼル加入により、出場機会は前年度より減少し、年間安打も32本でした。

 

 

 この年、堀幸一の通算安打数を抜き、球団史上3位の安打数とします。

 

 

20〜25年目(故障と戦いながら大記録へ)

 

2014年、 この年は腰痛もあって17年ぶりに開幕2軍でスタートします。

 

 

それでも6月に1軍登録されると、勝負強さを発揮して代打の打率は4割越えを記録します。

 

 

 出場試合数、安打数はこれまでで最も少ない数となりましたが、9月にサヨナラ打を放って球団記録となる12本目のサヨナラ打をマークしました。

 

 

2015年、4月に京セラドームで5年ぶりとなる1試合2本塁打をマーク。好調でしたが、4月下旬に尿管結石で1軍登録を抹消されます。

 

 

 その後1軍に戻り、6月には史上48人目の通算2000試合出場を果たしました。

 

 

2016年は、1軍昇格が7月と時間がかかり、36試合、20安打といずれも自己最低の数値にとどまります。

 

 

2017年は、前年のほぼ倍となる70試合に出場。30安打を放って、2018年も現役続行する旨を9月に明らかにします。

 

 

そして、今年。

 

 

打撃コーチ兼選手として春季キャンプを過ごし、42歳3か月で開幕スタメンに名を連ねます。

 

 

4月に2162試合出場を果たして、球団の最多出場記録を更新。

 

 

9月には、球団では4人目の42歳以上での本塁打を達成。

 


福浦選手の1996安打目は3年ぶりのホームラン

 

そして、9月22日。

 

 

ZOZOマリンで、大記録を達成しました。

 

 

 

試合後には2019年の現役続行を宣言。

 

チームとして日本一を目指す意気込みを述べました。

 

 

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【幸運!】この目で福浦選手の2000本を見てきた!

 

 

実は私、運のいいことに福浦選手の2000本安打を現地で観戦することができました!

 

 

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観戦記は後日、書かせていただきたいと思います。